うつ病性障害はじめ適応障害・パニック障害・幻聴にかかったことが、「これからの人生」を再考することに役立った。

6か月間、具体的にいうと去年の10月1日から今年の3月31日まで失業・療養期間だった。
何もすることがない……。

ルーチンとしては、散歩する、島根県立図書館に行く、アパートで昼食を食べる、無理に昼寝をする、今井書店の田和山店に行く、そういう感じがずーっと続いたのだった。
正規職員で前職と違うところへ復帰というのが甘かった。
2月に面接受け合格した障害者施設は、わずか3日間で辞めた。だって求人票の就労時間が違うし、週休2日でないのだから。あとは「うちは障害者を「見た目」で選んでいる、明らかに障害者とわかるものはうちを利用させない」ときたものだ。
え、それで福祉やっていいの? 自分が身内ならこんなところ利用させないぞと思ってしまった。
その3日間は不眠や不食が続いた。うつが悪化したのである。

いろいろ考えて、嘱託でもいいやと考えるようになった。
そして今の職場を見つけ、働きだしてようやく2か月が経とうとしている。
やれやれ、ぱちぱち。


精神疾患になって、精神科クリニックに通いだして1年と3か月が過ぎた。

生活や生き方、その傾注の度合いが、前職までは「仕事」が95%~100%ぐらいだったと思う。「私事」は0~5%に過ぎなかった。それではストレス発散で浪費をして貯蓄もたまらないだろうなと思った。

ではいまではどうか。
仕事が50%、私事が50%ぐらいで想定し、動いているところである。そのぐらいの配分が、自分の人生を謳歌できてちょうどよい。ビジネス書は好きだが、仕事に完全注力はしないように決めた。

人間、いつ働けなくなるかわからない。
そういう人をこの新しい職場でさらに自覚することができた。
「仕事人生」では絶対だめだ。

ちょど今の私の歳は、俗にいう「働き盛り」に該当する。
しかしまあ組織の頂点に一度は上り詰めたので、あとは下っ端でらくーに働いて行こうと考えている。うつ病性障害等の重度化が何よりも怖いしなあ。

うつ病は「心の風邪」などではなく、脳みその神経伝達物質の異常に伴うれっきとした障害である。
いまは希死念慮はないが、以前は自動車通勤中に「死にたい、死にたい」とつぶやきながら職場に向かっていた。

もうそういう人生とはおさらばしたい。

仕事が50%、私事が50%ぐらい。
そんなところでちょうどよい。

賃金が低くなっても、職位が下がっても何のことはない。金は収入が支出を上回っていればよし、職位は変なプライドを捨てればよし。

人の価値は肩書ではなく、人間としての「総合力」にあるものだと思う。

さようなら、仕事まみれの自分。こんにちは、私事に重きを置く自分。そういうところである。