哲学者・中島義道氏の著書に『人生を<半分>降りる』というものがある。

いまの私もそういう気分でいたりする。


ぜひご一読を。


これまで書いてきたが、自分の労働稼働年齢を25歳から65歳の40年間と考えることにする。
前半の20年間の仕事は耐え抜いてきたし、過労死ライン越えでもやりぬいた。そのせいか、前々職ではエリア旗艦店の主任になれたし、前職では転職組では初めて施設長に抜擢された。
でもですね……。

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そのあと待っていたのは、眠れない、死にたい、他者と交われない、食欲がない……といった日々であった。自覚してから5~6年放置していた(それにしても我慢強いな!!!)。
いよいよポンコツになってしまった感が出てきたので、去年の2月5日に精神科に行くと……。

うつ病・適応障害・パニック障害・幻聴。

やっぱりなあ、医師の診断を聞いて思った。

そこから休職(という名の有給休暇消化)を経て、午後のみの勤務が続く。
年度前期が区切りがよいなと思って、去年の9月30日末で退職をする。
傷病手当金も考えたが、異動とか降格とかさせてもらえそうにないし。

少なすぎる退職金をもらって、以後半年ほど療養・失業の生活に入る。
失業給付は120日ではなく300日ほど。精神疾患ゆえの退職だからである。
いまさらながら労災申請しておけばよかったなとは思うが。


さて今年度から転職して4か月目を終わり5か月目に入った。
「人生を<半分>降り」たので、形態は嘱託職員。賞与や昇給はなしである。

しかしまあ、仕事内容や職場が合っているのか、仕事が続けていられている自分は本当にすごいなと思う。
だってまだまだ抗うつ剤や抗不安薬・抗精神病薬・睡眠薬を、療養時代と同じ処方のまま飲んで仕事ができている。
減薬とかはせずに。

減薬の話も出たりするが、しばらくはいまの処方でお願いしようと考えている。
またうつ病がぶり返したら、死んでしまうような気がするので。


ということで、精神疾患の発端となった会社と縁を切り、精神疾患になった仕事の仕方ぶりを見つめ直し、いまラクな状態でゆるゆると働けている自分、社会に必要とされている福祉の分野で働けている自分、生きていられる自分をこそっとほめてあげたいのであった。

うつ病になったからと言って人生終わりじゃありません。