~ただし精神疾患になる可能性大と付記しておきたい。
私が福祉業界に入ったのは平成18年である。

それまでは小売りをしていた。
その小売りの法人がブラックすぎて、同期もどんどん辞めていき、鳥取から大阪転勤を言い渡された時に退職届を出した。

福祉については、父の知り合いが社会福祉法人の施設長をしていたためである。
人手がいるということで、小売りから間をあけずに入職する。

障害者福祉施設である。
地元ではけっこう大きく、8事業所あって、グループ ホームも10近くある。

生活介護の作業である箱折りや箸入れの自動車配達員として入職した。

元来まじめなのかどうか知らないが、がんばり続けた。前職の小売りに比べたら肉体的・精神的にしんどくないと。


そして翌年、嘱託職員から正規職員になる。小売りでは正規・主任だったので元の地位に戻りたい。

「がんばる病」にかかってしまった。

障害福祉サービスで「施設外就労」というものが厚生労働省から発表された。
そこで私が引率職員となって、取引先企業で5年従事する。職員一人っきりの毎日。

ここでだいぶん、母体の組織と職員と疎遠になってしまった。
病気になったら施設外就労ができないので、病気にもなれない。
「私の替わり」を育成してくれない上司。

心が病んでくる。
特に母体との人間関係……。

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そのようななかで、広汎性発達障害(自閉症スペクトラム・アスペルガー等)のプロジェクトを上司に許可をもらって立ち上げる。「プロジェクト」は法人初。


2年目は「主任」になる。

仕事の持ち帰り、残業、休日出勤は当たり前。

勤務表など書類関係はすべて私が製作する。

施設の視覚化・構造化を行う。

独自の利用者満足度調査を生み出す。

資格取得に1年かかるものを、経営層から「やるように」と言われ実践する。
全国社会福祉協議会の「社会福祉施設長資格」、経営品質協議会認定の「セルフ アセッサー」。

法人のプロジェクトである、福祉サービスの向上のプロジェクトのリーダーになる。

などなど。
もうすでに抑うつ的症状が出ていた(微熱・慢性疲労・突発性難聴)。


そして法人内他事業所に異動する。
ここでも人間関係に消耗してしまう。

クリーニング作業は辛かった。*したこのがない人は一度体験してみるといいかも。夏場の灼熱の工場内

ここで抑うつ的症状はさらに悪化する。


1年と少し経過した後で内示が出る。
入職した時の事業所の施設長をやってくれと。

抑うつ的な気持ちが大きかったので、返事を放っておいたら自動的に施設長・サービス管理責任者になってしまった。

ここから気苦労が増える。

工賃向上のための自主製品の作成。
コミュニケーション道具としてサイボウズLiveの導入。
県の知的障害者福祉協会の仕事。
法人の経営戦略と経営分析。


書ききれていないが、とにかく能動的に動き、成果を出していけば「施設長」になれるかもしれない。転職組では初めての施設長だった。


しかし、その代わりに辛すぎてうつ病・パニック障害・幻聴を発症してしまった。それらと付き合いながら、事業所の法人の第一線で働くのはしんどく、障害をさらに悪化させていった。


私から言えるのは、生き急ぎ過ぎないこと。
仕事も大事だが「私事」も大切だと実感すること。5:5ぐらいの比率でちょうどよい。