これは障害福祉サービスの「相談支援事業」に限った話ではなく。

相談支援を行う機関や人はいろいろとある。
地域包括支援センター・民生児童委員はもちろん、地域若者サポートステーションとか法テラス・虐待防止センターなど窓口はたくさんある。

ここで大切なのは、困りごとなどを抱えた人が「相談をする力」があるかどうかである。
反面、さまざまな機関がアウト リーチできているかどうかである。

「相談をする力」で思い起こすのは、社会福祉協議会にいた時のうつ病の方の電話での相談支援である。くぐもった意欲のない声、しかし話したいことを多く抱えており、1~2時間電話で話を聞いていたこと。

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「相談をする力」がある人は、身近な人に相談したり、市報などを見て自力で相談先を探す。
わが市で行っている「福祉なんでも相談」(市社協)に電話を掛けるかもしれない。

「8050問題」や、親の介護に育児に大変な「ダブル ケア」。障害のある方、社会的に孤立した方、生きる力を失っている方はなかなか相談機関に結びついていない案件もある。

そこで「我が事・丸ごと」が出てくるのだろう。
他人事を我が事に。重なった課題を丸ごと受け止める。

自治会や地区社協の対応も必要だが、往々にして生活困窮者自立支援機関の出番が多くなってくるような気がする。
ここで一気に困りごと等を受け止め、生活困窮だけで終結に至ったり、関係機関につないだり、あるいは生活困窮と関係機関とが協働していく。

社会格差は開いているというが、現場で働いているとそれを身をもって知ることになる。
生活困窮者がどれほど多いか、貸付希望者もまた多いか、法律相談を必要とする人も多いか。

厚生労働省の資料を見ていると、そういう相談者が今後いかに「支える側」に回るかとか書いてあるが、個人的にはそうはすんなりといかないように感じている。
そういうことを踏まえて、「地域共生社会」が目指されていると思うのだが、やはり福祉等に厚い情熱を持っている相談支援員が多くいるかにかかっていると思う。

とはいえ先立つものとしての賃金。社協の嘱託にせよNPO職員にせよ、それこそ最低生活費かと思わせるような手取りなのが実態である。