「人生100年時代」と言われている。
「人生100年時代構想会議」なども国主導で引き続き行われている。

長寿化する日本。

しかし私はそれほど長く生きたいとは思わない。

また自分自身が高齢化して、高年齢者の雇用対策が国から施され、「死ぬまで働く」のが尊いという考えに染まってしまうのはどうか疑問に思う。

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緩和ケアで生かされるのか、高齢者福祉施設で余生を長く過ごすのか、在宅で踏ん張れるのか。

自分は寿命を80歳と勝手に見積もっている。
人生も折り返し。

苦労して登ってきた山。頂上でしばらく一息ついて、ゆったり下山をしていく。
その先に死があると。

自分の人生設計を行政に決めてほしくはないし、いやそれは「100年の構想である」と言われても、人生を資料に落とし込まれるのは嫌だなと感じる。


地域福祉では「8050問題」(80代の親と50代の引きこもりの子の社会的孤立)が言われ、しかしなかなか完全にアウトリーチできないところもある。
かかわった相談者に十分社会性を持っていただくことすら困難でもある。

機能不全に陥ったなかで、コミュニティー ソーシャル ワークのさらなる推進を望むところであるが、社会福祉協議会の職員を辞した今、自分に何ができるのかを模索しているところである。
私は障害者総合支援法(旧障害者自立支援法)・生活困窮者自立支援法、そして来月から介護保険(高齢者福祉)にもかかわることになる。

法人合併して巨大化した社会福祉法人で果たして何ができるのか。考え行動していきたい。


長く生きるって、想像するだけでなんだかつらいなあ。
明日生きるのもつらいというのに。